【 有島生馬画伯《震災記念》と日本ベルギー友好150周年 】

3月
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東京の両国にある「東京都復興記念館」に有島生馬(ありしまいくま)画伯の絵画《震災記念》を見てきました。

 今年は日本ベルギー友好150周年記念です。その記念事業の名誉総裁にはどういう理由なのか天皇陛下とベルギーフィリップ国王陛下が直々にご就任されています。同じ「友好150周年記念」でも「日本イタリア友好150周年」では,そのようなことは行われておらず,民間人の方が委員に就任された「実行委員会」で組織されているようです。なぜ日本とベルギーとの友好150周年記念事業に皇族・王族が直々に名誉総裁にご就任するほど日本とベルギーの関係が大切なのか理由が分からなからず不思議に思っていました。それを知るために,東京都復興記念館に行き,有島生馬の大作《大震記念》を見てきたのです。
<大震記念>有島生馬画伯作: <大震記念>有島生馬画伯作: クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
白いスーツを着た男性がバッソンピエール大使: 白いスーツを着た男性がバッソンピエール大使: クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この作品は関東大震災の惨状を描いた3畳ほどの巨大な大作です。キャンバスには廃虚をさまよう人々や亀裂の入った地面に横たわる遺体とともに,現場に駆けつけた山本権兵衛首相の姿が描かれ,傍らに白いスーツの外国人男性と,赤いワンピースの少女が立っているのが目を引きます。絵の傍にある説明書きには,真ん中に大きく描かれている女性はNHK朝の連続ドラマ「花子とアン」に登場した「白蓮さん」であるとのことです。そして白いスーツの外国人男性は当時のバッソンピエール日本駐在ベルギー大使(初代駐日ベルギー大使)であり,他にも絵には「竹久夢二」や「島崎藤村」までも登場し描かれています。アルベール・バッソンピエール日本駐在初代ベルギー大使は先日お会いした現在のベルギー公使参事官クリストフ・ドゥ・バッソンピエールさんの曾祖父であるとのことです。

大正12年,関東大震災の発生当時,一報を受けたベルギー本国では,ただちに「日本人救済ベルギー国内委員会」が結成され,その推進役となったのがベルギー大使アルベール・ドゥ・バッソンピエールだったのです。そして絵を描いた有島生馬は外国による日本支援の象徴として感謝を込め彼をキャンバスに描いたそうです。
 では,なぜベルギーがそこまで日本を援助したのか。それはかつての第一次世界大戦のときにさかのぼるそうです。1914年,ドイツは,フランスを一気に攻め落とすべく防備の手薄なベルギーとフランスの国境からの侵入をもくろみ,ベルギー領内に軍を進めました。永世中立国ベルギーは,ドイツ軍の無法に対して敢然と立ち向かうものの,みるみる蹂躙(じゅうりん)されていきました。こうした連日の報道に接した日本人は,勇敢に奮戦するベルギー国民を激励しようと熱烈な支援活動を展開し,全国から義援金が集められ,薬品や日用品とともにベルギーへ送り続けたのだそうです。このように,ベルギーが対日支援を惜しまなかったのは,わが国が示した見事なまでの惻隠(そくいん)の情が背景にあってのことなのだそうです。

 有島生馬画伯の絵画《震災記念》を見て、日本とベルギーとの関係は窮乏に立たされてもお互いに助け合う深い特別大切な関係であることが分かりました。